エリック・ヤン・ハヌッセン(Erik Jan
Hanussen 本名:ヘルマン・シュタインシュナイダー 1889年6月2日生)
[チェコスロバキア・手品師/占星術師]
1931年にブレスラウの印刷会社を購入し、オカルト雑誌『ハヌッセン・マガジン』『ブンテ・ボッヘンシャウ』を刊行する。ハヌッセンは雑誌の印税や舞台で得た収入で屋敷を購入・改築し、この屋敷は人々から「オカルト宮殿」と呼ばれるようになった。「オカルト宮殿」の一室では交霊会が行われ、大きな円卓の周りに座り下から照らされるガラスに掌を置いた招待客にハヌッセンが預言を伝え、人気を集めた。ドイツ国会議事堂放火事件を予言し、更に注目を集めるようになり、上流階級からの招待を受ける際は常に従者を伴うようになった。国会議事堂放火事件に関しては、放火犯とされたマリヌス・ファン・デア・ルッベに催眠術を掛け犯行を行わせたという奇説が存在する。
ナチ党政権が樹立された際には「オカルト省」なるものを設立し、その大臣に就任して国家を動かすつもりだったと言われている。しかし、ナチ党の権力掌握後の1933年3月25日に突撃隊によって妻と共にベルリンで暗殺され、遺体は郊外のシュターンスドルフに捨てられた。暗殺の理由は、ヒトラーがハヌッセンに危機感を抱くようになったという説が一般的だが、ヨーゼフ・ゲッベルスとヘルマン・ゲーリングの権力争いに巻き込まれたという説もある。遺体は一か月以上経って発見され、シュターンスドルフに埋葬されている。
1933年3月25日死去(享年43)