ロブ・ピラトゥス

ロバート・ピラトゥス(Robert Pilatus 1966年5月14日生)
 [アメリカ・歌手]



 アフリカ系アメリカ人の兵士の父とドイツ人のポルノ女優の母の間にニューヨークで生まれた。5歳でドイツ人夫妻に養子に出されミュンヘンで育った。DJやダンサーとして活動していた18歳の時、ミュンヘンのクラブでファブリス・モーヴァンと出会う。1970年代にボニーMのプロデュースを手がけ大成功を収めたプロデューサーのフランク・フェーリアンは、ラップをフィーチャーしたダンスグループ結成を考え、チャールズ・ショウ、ジョン・デイヴィス、ブラッド・ハウエルほか数名の有望なシンガーを集めていたが、フェーリアンは彼らには実力はあるものの売れるための要素に欠けると考えた。そこへピラトゥスとモーヴァンの二人に会ったフェーリアンは、彼らのカリスマ性に魅せられ、2人をフロントマン、他のメンバーをシンガーとしたグループ「ミリ・ヴァニリ」を結成した。実際に歌うのは「影武者」たるショウやデイヴィスらで、ピラトゥスとモーヴァンは歌わない「グループの顔」すなわちフロントマンであったが、これが後にトラブルの元となる。

 1988年にフェーリアンの本拠である西ドイツからデビュー。ヨーロッパ各国でのヒットを実績にアメリカへ上陸。アリスタ・レコードと契約、「Girl You Know It's True」は全米2位、その後3枚のシングルは全米1位の大ヒットを記録する。ポップでダンサブルなサウンドと流行の兆しを見せていたラップ、モデルさながらのファッショナブルなルックスも手伝ってそのヒットは世界的に広がり、1990年には、グラミー賞の最優秀新人賞を受賞した。ところがそのヒットが、フロントマンであるピラトゥスとモーヴァンを増長させる。2人は後にフェーリアンと対立、フェーリアンは意趣返しとばかりに彼らがレコーディングでは歌っていない、すなわち口パクであることを暴露したため大騒動となった。2人は記者会見でその事実を認めつつも 「Girl You Know It's True」 の一節を歌ってみせるが、実際の歌声は記者たちの失笑を買うほどのものであった。一つのグループの中でフロントマンとヴォーカルが別人物であること自体は問題ではないものの、当初からそれを隠したままグラミー賞を受賞してしまったことで、賞は剥奪されレコードも廃盤となり、ミリ・ヴァニリは事実上芸能界から追放された。

 騒動の後、実際に歌っていた「影武者」はリアル・ミリ・ヴァニリとしてデビューしヨーロッパでは一定の成功を収める。かたやピラトゥスとモーヴァンもロブ&ファブとして再デビューするが、売れるはずもなかった。その後、フランク・フェーリアンはピラトゥスとモーヴァンをリードヴォーカルに据え、再度ミリ・ヴァニリとしてカムバック・アルバム「Back and in Attack」を制作し復帰を目指したが、ピラトゥスはドラッグやアルコールに溺れた挙げ句に強盗事件を起こし、カリフォルニアの刑務所に3ヶ月間服役することになる。


 フェーリアンはピラトゥスのドイツへの帰国費用とリハビリ施設での費用を負担して彼の復帰に尽力したものの、ピラトゥスは復帰作のプロモーションツアーを翌日に控えた1998年4月2日、フランクフルトのホテルでオーバードースで死亡しているのを発見された。ピラトゥスは1991年に自殺を図って失敗していることもあり、自殺説も囁かれたが、死因はアルコールと薬物離脱プログラムに使われる処方薬の過剰摂取による偶発的なものとみられている。

 1998年4月2日死去(享年31)