キース・ムーン

キース・ジョン・ムーン(Keith John Moon 1946年8月23日生)
 [イギリス・ドラマー]



 ウェンブリー出身のムーンは、10代になるとトランペットを始めるが上達せず、やがてドラムに転向。1964年のある晩、グリーンフォードのホテルでライブを行ったハイ・ナンバーズのドラマー、ダグ・サンデンを「オレの方がドラムが上手い」と挑発。メンバーが試しに演奏させてみたところ、彼の言うことが本当であったので、彼はそのままハイ・ナンバーズの正式ドラマーとして迎えられた。これがキース・ムーンとザ・フーとの出会いだった。

 ザ・フーはその経歴の初期に、「ステージでの楽器の破壊」で有名になった。ムーンはこの楽器破壊のパフォーマンスで特別の熱意を示し、ドラムセットを激しく蹴り、打ち付けることに熱中した。テレビ番組「スマザーズ・ブラザース・ショー」に出演したとき、彼はドラムセットに火薬を多量に仕込み、「マイ・ジェネレイション」の演奏終了時に爆破させた。それによってピート・タウンゼントは聴力障害を負い、ベティ・デイヴィスを気絶させた。

 ムーンのプレイの真骨頂は、1971年に発表された5作目『フーズ・ネクスト』に見事に現れている。「Bargain」での鋭く切り込むフィルイン、歌のバックで効果的に鳴るタムとツー・バスのコンビネーションは、現代のハードロック、ヘヴィメタルのひとつの手本として高く評価されている。

 一説によるとムーンは歌唱力に問題があったといわれ、殆どの場合リードヴォーカルのレコーディング時には、スタジオから閉め出された。

 ムーンはその生涯を通じて「変人」「壊し屋」としての名声をほしいままにした。彼はホテルの窓や友人の家、あまつさえ自分の家ででさえ、高窓から家具を投げ捨て配管に爆竹を仕掛け、廃墟にしてしまった。彼の隣人だった俳優のスティーブ・マックイーンが、彼の悪戯があまりにひどくてノイローゼになったという逸話も残っている。彼自身が開いたパーティでもそうでないパーティでも、必ず彼が参加しているパーティはむちゃくちゃに破壊され、本人は必ず全裸になった。ミック・ジャガーがとあるパーティに招待されて会場に行ったところ、ムーンの姿を見かけた瞬間逃げ帰ったという逸話もある。車をプールに沈めたという噂もあった。また、多くの女装、ヌード写真が残されている。


 1970年1月、あるパーティの帰りに若者の集団に囲まれ、ムーンの乗る車が襲撃を受ける。彼の運転手だったコーネリアス・ボランドが道を空けさせようと車から降りたところを、ムーンが誤って車を発進させ、ボランドを轢いて死なせてしまう。ムーンは謹慎の身となるが、2月に裁判所でボランドの死は事故と断定され、無罪となった。なお、当時ムーンは飲酒した上に無免許であったが、これについても情状酌量により刑罰は与えられなかった。だがこの事件はムーンに暗い影を落とし、以後彼の行動はさらに厄介なものになっていった。

 順風満帆に見えたザ・フーだが、1976年ごろからムーンは多量のアルコールとドラッグに蝕まれていた。1978年9月7日、ポール・マッカートニー主催のパーティーに出席したムーンは、その夜の帰宅後、ヘミネブリン(アルコール依存症の離脱症状を抑える薬物)を過剰摂取してしまい急死した。検死の結果、警察はムーンの死因が32錠ものヘミネブリンを摂取したことによるオーバードースであると発表した。


 1978年9月7日死去(享年32)