ローランド・ラッツェンバーガー(Roland Ratzenberger 1960年7月4日生)
[オーストリア・レーシングドライバー]
事故死の前年まで日本を主体に活動し、その期間も4年と比較的長かったことから、突然の訃報は日本国内のレース関係者やファンにも大きな衝撃を与えた。また、恋人カティーシャとは結婚目前だったという。
事故の衝撃は、強度の高いカーボンモノコックに穴が開くほどのものであり、ラッツェンバーガーの体は露出していた。突然ウイングが脱落した要因については、事故の直前の周に一度コースアウトしており、そのときにフロントウィングにダメージを受けていた可能性が高いと言われている。当時はカーボンモノコックの強度の高さから、「もうF1で死亡事故が起こることはない」とまで言われていたため、死の衝撃は大きかった。この年はレギュレーションの大幅改正により、開幕前から安全性に疑問の声が上がっていた。開幕前のテストでは、J.J.レートが負傷し2戦を欠場、開幕戦後、ジャン・アレジも同じくテスト中の事故で負傷し、その後の2戦を欠場している。
ラッツェンバーガーの事故が起こったサンマリノGPでは、前日にルーベンス・バリチェロが大クラッシュで鼻を骨折、決勝ではアイルトン・セナの死亡事故が発生。安全神話は完全に崩壊し、呪われた週末と言われた。その後も第4戦のモナコGPフリー走行の事故でカール・ヴェンドリンガーが意識不明の重体に陥り、モナコGP後のテストでペドロ・ラミーが事故を起こし、脚に全治1年とも言われた重傷を負う。さらに続くスペインGPの予選でも、ラッツェンバーガーに代わってチームに加入したアンドレア・モンテルミーニが両足を骨折する事故を起こすなど、重大事故が多発。安全性が軽視されていた状況が浮き彫りになり、レギュレーションがシーズン途中で変更される事態となった。
1994年4月30日死去(享年33)