塚越孝

塚越孝(つかごしたかし 1955年3月20日生)
 [アナウンサー]



 神奈川県出身。川崎市立橘高等学校を経て、日本大学藝術学部放送学科卒業。1977年、ニッポン放送入社。「オールナイトニッポン」のパーソナリティーに抜擢されて人気が急上昇し、「つかちゃん」の愛称で、多くの聴取者から親しまれた。「丸くてほがらか塚越孝、つかでございます」という挨拶は有名で、晩年まで番組の冒頭の「塚越孝、つかでございます」という挨拶を続けた。1991年度には『朝からたいへん!つかちゃんでーす』が日本民間放送連盟賞ラジオ生ワイド部門優秀賞を、2000年度には『塚越孝の土曜ニュースアドベンチャー母の日スペシャル「この母ありてこの子あり~ツッパリから雑草魂まで」』がラジオ教養部門優秀賞を受賞した。2002年にニッポン放送を一旦休職するが、その後報道部記者の扱いで復帰。のちに制作部アナウンサールーム所属に戻った(休職の経緯については諸説あるが明らかになっていない)。

 2006年4月、ニッポン放送再編に伴い、フジテレビジョン編成制作局アナウンス室に転籍、同年アナウンス室専任部長に就任。この再編はライブドアによる買収騒動が発端となっており、イベント等の自己紹介において「ライブドア問題で移籍した」ことを話すのが恒例になっていた。2011年6月29日付でクリエイティブ事業局クリエイティブ事業推進センタークリエイティブ事業営業部プロデューサー(部長職)へ異動になったが、翌2012年6月26日、フジテレビ社内の男子トイレ個室でスカーフで首を吊って亡くなっているのを警備員に発見された。「ご迷惑をかけて申し訳ありません」と書かれた遺書が残されていた。いくら経験が豊富な塚越とはいえ、ラジオからテレビへと慣れない職場環境で、肩身の狭い思いをしていたという。仕事にも恵まれず、地上波での出番はほとんどなかった。クリエイティブ事業局への異動となった際には、何度も上層部に掛け合い、給料が下がってもいいからアナウンス部に戻りたいと訴えていたという。最期までアナウンサーとしてのプライド捨てず、これらが自殺への引き金になったと思われる。

 2012年6月26日死去(享年57)