ガエターノ・シレア

ガエターノ・シレア(Gaetano Scirea 1953年5月25日生)
 [イタリア・サッカー選手/監督]



 チェルヌスコ・スル・ナヴィーリオ出身。ポジションはディフェンダー(センターバック)。イタリア史上屈指のリベロ。ユヴェントスやイタリア代表では、ゴールキーパーのディノ・ゾフとともに鉄壁の守備陣を築き、ユヴェントスのUEFAチャンピオンズカップ優勝や7度のスクデット獲得、アッズーリのスペインW杯優勝の原動力となった。ユヴェントスでの公式戦出場552試合は、2008年にアレッサンドロ・デル・ピエロによって破られるまでのクラブ記録だった。イタリア代表においては、フランコ・バレージを抑えて長年レギュラーとして活躍した。

 1988年に現役を引退。翌1989年にはディノ・ゾフのユヴェントス監督就任と同時に助監督に就任した。しかし同年9月、UEFAカップでユヴェントスと対戦する予定になっていたポーランドのグールニク・ザブジェを視察し車で帰国する道中、雨のハイウェイで交通事故に巻き込まれ、乗っていた車が炎上。36歳の若さで帰らぬ人となった。没後、1990年に新設されたユヴェントスのホームスタジアムであったスタディオ・デッレ・アルピの観客席の一角には、「Curva Scirea」と呼ばれるサポーター席が設けられた。ピッチの内外問わず温厚で紳士的な性格であったシレアは、現役生活の中で一度も退場処分を受けなかった。シレアの名はイタリア国内ではスポーツマンシップの代名詞として、若い世代の大会名やフェアプレー賞に冠されている。

 1989年9月3日死去(享年36)