松平里子

松平里子(まつだいらさとこ 本名:松平佐登子 1896年7月31日生)
 [歌手]



 東京都出身。1921年、東京音楽学校卒業。昭和のはじめ内田栄一が主宰するヴォーカルフォア合唱団に参加。NHKラジオで放送していた「放送オペラ」では1927年~1930年の第一次放送にレギュラーとして出演していた。ヴォーカルフォア合唱団で同じく女流歌手だった佐藤美子を大変かわいがっていた。1930年に日本楽劇協会公演のオペラ「お蝶夫人」で主演を務めた。日本ビクター専属の歌手としてレコーディングも行っていた。

 1931年、夫の松平博と共にイタリア留学した。イタリアでは、渡邊光、児玉義雄、中川牧三、佐藤千夜子、関屋敏子、菊池綾子らと知り合い、ミラノの藤原義江邸に滞在していた。しかし病に倒れ、藤原義江の妻・藤原あき子の懸命の看護によって一時はレッスンを再開するまでに回復するも、9月22日に客死。35歳の若さだった。

 1931年9月22日死去(享年35)