リビウ・リブレスク

リビウ・リブレスク(Liviu Librescu 1930年8月18日生)
 [イスラエル・工学者]



 1930年、ルーマニアの町プロイェシュティでユダヤ人の両親の間に生まれた。第二次世界大戦中にはホロコーストの標的とされ、フォクシャニのゲットーに送られたが、生き延びた。

 1952年にブカレスト工科大学を卒業し、1969年にはルーマニアで流体力学の博士号を取得した。1978年にはイスラエルに移住し、1979年から1986年までテルアビブ大学で航空力学、機械工学の教授となった。1985年からはバージニア工科大学の教授に就任し、多くの業績を残した。

 2007年にバージニア工科大学銃乱射事件が発生。銃声を聞いた彼は行っていた講義をすぐに中止し、学生達に窓から逃げろと指示を出した後、銃撃を受けながらもドアを押えて犯人(チョ・スンヒの侵入を防いだ。その間に学生達は窓から飛び降りた。この勇気ある行為は多くの人から賞賛され、事件の翌日から翌々日にかけて、テレビや新聞、雑誌など多くのメディアに取り上げられた。死後、今までの功績と事件での行動が称えられてルーマニア大統領トライアン・バセスクからStar of Romania勲章が送られた。

 2007年4月16日死去(享年76)