佐々木絹

佐々木絹(ささききぬ 1952年11月5日生)
 [プロゴルファー]



 岩手県生まれ。6人兄弟の次女。1968年3月、集団就職で滋賀県の紡績会社オーミケンシへ、その社内にある定時制高校「彦根高等女学校」を1971年3月に卒業。同年4月、プロゴルファーになる志を立て、伊豆の「湯河原カンツリー倶楽部」にキャディとして入社し、ゴルフの腕を磨いた。その後は横浜市にあるゴルフ練習場「東神奈川ゴルフジョイ」にスタッフとして勤務する傍らプロ選手としての下積み生活を経験。1976年9月、沼津ゴルフクラブで開かれたプロテストに挑戦、52人の受験者中、選ばれた13人の合格者のなかに入った。

 レッスンプロとして東神奈川ゴルフジョイで定収入を得ながら、全部で19試合のトーナメントに参加した。しかし、下積みゴルファー特有のジレンマ(お客への指導ばかりしていて自分の練習ができない)を抱えるようになり、トーナメントプロに専念するために1981年3月をもって東神奈川ゴルフジョイを辞めた。

 1981年4月17日、川崎国際カントリー倶楽部で開かれた第1回「三越レディスオープン」の第11組にエントリーしていたが、会場に現れなかった。そして、横浜市の自宅アパートで、ぶら下がり健康器の鉄棒に首をくくって死んでいるのを発見された。遺書には「ほんとは死にたくない、生きていたい。ゴルフがしたい。でも、生きていけない。」といった内容と共に「ダマされた」とくり返し書かれていた。『誰』にダマされたかは書かれていなかった。戒名は妙雲貞性禅信女。

 1981年4月17日死去(享年28)