高橋貞二

高橋貞二(たかはしていじ 本名:高橋貞次 1927年1月20日生)
 [俳優]



 東京出身。日本映画学校卒業後、1945年松竹に入社。1946年『物交交響曲』でデビュー。同時期に入社した佐田啓二や大木実らとともに多くの青春ものに出演する。

 1952年11月23日の夜、『処女雪』のロケで長野県軽井沢から小諸へ自分の車に津島恵子、水原真知子、小林トシ子と助監督の四人を乗せて国道を運転中、トラックをよけそこねて2メートル下の田んぼに転落、水原が1ヶ月半の重傷を負うという事故を起こしている。

 1958年、映画『楢山節考』では息子・辰平役に抜擢され、同年9月のアイルランドのコーク国際映画祭に出品されて主演男優賞を受賞した。

 1959年2月、2年間交際を続けてきた開業医の三女・みどりと結婚。挙式は教会で、披露宴は帝国ホテルで行われた。

 1959年11月3日夜、友人たちとを飲み歩き、雨の降りしきる神奈川県横浜市において自ら運転する自動車(メルセデス・ベンツ300Sクーペ)のハンドル操作を誤り、横浜市電と正面衝突、同乗の友人三人は怪我ですんだが、高橋自身は20分後、収容先の病院で頭蓋骨骨折のため死亡。短い生涯を終えた。

 1962年1月26日、結婚生活わずか9ヶ月で夫に先立たれた妻みどりは、自宅アパートでガス自殺を遂げた。

 1959年11月3日死去(享年32)