浜口富士子

浜口富士子(はまぐちふじこ 本名:鈴木富士子 1909年9月生)
 [女優]



 東京生まれ。一ツ橋高等女学校卒。新国劇の研究生となり、キネマ旬報の「モダンガール懸賞募集・美人投票」に当選。1929年に日活太秦現代部入社。同年、当時の首相・濱口雄幸の姓を芸名に阿部豊監督のメロドラマ大作『蒼白き薔薇』でデビュー。翌1930年、村田実監督『摩天楼・愛欲篇』のヒロイン役に抜擢され好演、入江たか子、夏川静江に次ぎ、日活モダニズムを担った。

 しかし共演した俳優・神田俊二の愛人となり、同棲したことから陰がさし、1931年『新婚超特急』、1932年の『旅は青空』は出演程度で、正式結婚後の1933年に引退した。1934年、日活に復帰し、溝口健二監督『愛憎峠』に出演の予定だったが病気に倒れ出演できず、更には夫に棄てられて、明眸皓歯の将来を棒に振り、1935年に結核のため淋しく世を去った。

 1935年10月9日死去(享年26)